句集『大花野』を今年の二月に発行した。この句集は、認知症を発症した妻との暮らし、そして私の右往左往する様を綴ったものである。
私は、上野一孝さんが代表を務める俳句結社「梓」に所属している。彼は、森澄雄の「杉」の編集長をされた方でメンバーには森澄雄を師と仰ぐ人も多かったが、「梓」は同人制を敷き、様々な句風を受け入れる自由な雰囲気の結社だった。
私は、妻の介護もあり、なかなか句会に参加できないでいた。
そんな時、会の冊子に「創刊十周年記念作品募集」の案内が出た。締め切りは、二〇二〇年の秋である。句数は二十。
「よし、これに応募してみよう」と思った。句集『大花野』の骨格は、この応募作品である。幸運なことに、私の作品は第一席に選ばれた。表彰式は、二〇二一年の一月に予定された記念コンベンションの中で行われる予定だった。楽しみだった。しかし、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で延期になった。夏になっても感染は広がり、ついにコンベンションそのものが中止になってしまった。
その中止の報に接して「句集にしよう」という考えが頭をもたげた。表彰式が予定通り行われていたら、句集『大花野』はこの世に存在しなかったかもしれない。
約二百部を知り合いに送った。すると、心のこもった返信をたくさんいただいた。「句集を読んで涙が溢れたのは初めてです」とか「胸の奥が熱くなりました」というお手紙に接し、私の方が思わず涙した。俳人の池田澄子さんは「何回か開きその度に泣いてしまいました。何と申し上げたらよいやら、切なく、でもとても美しく、何かが幸せ。」と書いて下さった。
それ以上に驚いたのは「実は・・・・」と同じ病の方を介護された経験を書いてこられた方の多かったことである。悩み、苦しんでいた方がこんなにおられたのかと愕然とした。
今のところ、認知症には治す薬がない。
気休めのピンクの薬去年今年
私は、認知症の妻を介護する中で、自分の人生観が変わった。変わらざるを得なかった。
認知症の症状は「物忘れ」だけではない。こだわりが強くなるのも特徴の一つである。妻の場合、一例を挙げると植物への水遣りにこだわった。そうなると、晴れでも雨でも関係がない。「やめろ」と言ってもやめない。最終的には、妻に合わせるしかなくなった。
荒梅雨の花に水やる君と居て
一事が万事である。生活すべてを妻に合わせていくしかなかった。人に合わせられる能力は社会生活を営む上で、とても大切だ。もしかしたら、妻は私を鍛えてくれているのかもしれないとさえ思った。
若い時には、人生の目的は「何事かをやり遂げることだ」と信じていた。目的がなくなったら人生は終わりだと思っていた。妻は、病気が進むにつれて、妻は「自分は何も出来なくなった」と悲しんだ。「私は、あなたのお荷物になるだけ」だと悩んだ。
梅雨明けてわたしにできることは何
妻の痛切な叫びだった。
何もできなくていい。ただいてくれるだけでいい。人間は、存在そのものに意味があると初めて知った。
認知症は、人間が壊れていく病気だという人がいる。記憶がなくなったら、人生の意味がなくなるという人もいる。
本当にそうだろうか。私は、どんなに物忘れが進行しても妻には妻の世界があると信じている。たとえ共有できないとしても、妻には妻の世界がある。その世界が限りなく穏やかで美しいものであってほしいと願っている
ここはどこあなたはだあれ大花野
2022年 都政新報への寄稿より