プロフィール
盆景家小山潭水の次男として、東京青山に生まれる。府立四中を経て、弘前高等学校_(旧制)に進み、本格的に文学を志す。
旧制弘前高等学校時代に、杉浦明平の紹介で立原道造と知り合い、強い影響を受け、詩作を始める。したがって、初期には岩野泡鳴から立原へと発展したソネット形式を多用した、独自の世界を描いた抒情詩を多く作った。が、後には、散文的要素が強い哲学的、幻想的な世界を構築したり、日常に潜む危機を描いていった。また、初期から晩年まで、その詩の中心的課題は、「愛」であった。
作風が現代詩壇から孤立し、他に類を見ないものであったために、現代詩の傍流と見られることも多かったが、実は、日本の抒情詩の本流である詩人ではなかったかとの、再評価の機運が高まっている。
また、幾篇かの佳品を残すにとどまったが、小説についても、強い関心と興味を持っていたことが、死後纏められた作品集によって判明した。
若き日の小山正孝

青山師範付属小学校時代
左 兄・正忠
右 正孝

府立四中に入学した頃

盟友・山崎剛太郎氏と

弘前高校時代

東大入学の頃
在りし日の詩人・小山正孝

2001年日本現代詩人会主催の「日本の詩祭2001」
先達詩人の顕彰を受け、話をする小山正孝

昭和32年2月4日 詩集『逃げ水』出版記念会
後列 向かって左より、小山弘一郎氏、鈴木亨氏、西垣修氏、新藤千恵氏前列
左より、松田一谷氏、竹田津晴氏、小山正孝、萩原葉子氏

館林の喫茶店 大手町にて